みなさん、いきなりですが伝説の黄金都市『シボラ』というのをご存知ですか?黄金という文字からもわかるように今回は、『金』繋がりでちょっとした読み物を紹介していきたいと思います。

黄金都市シボラについて

シボラというのは、スペインのコンキスタドールたちの間で信じられていた黄金都市伝説の1つです。コンキスタドールというのは、征服者という意味があります。なぜこのような伝説が彼らの間で出てきたのでしょうか?伝説の発端としては、1150年ほど昔に遡ります。

ムーア人というアフリカ北西部のイスラム教徒の人々が、スペインのメリダを征服します。この時、7人の司教が聖遺物を携えて街から逃れることに成功しました。どこからか流れてきた風の噂によると、彼らは遠い場所に逃れ『シボラ』と『キビラ』という町を建設したとか。この町は、とても裕福であり黄金と貴石によって建てられているという噂があったのです。

それから数世紀が経つわけですが、伝説だけが一人歩きする結果に。メリダから逃れた7人の司教それぞれが都市を建設し、7つの黄金都市になったという話になっていったのです。この頃、大航海時代南米のエルドラド伝説とも重なり、アメリカ大陸のどこかにこの7都市があるのではないかと信じられていたのです。

伝説と謎を考える

伝説には、謎が付き物ですよね。今回の話にもいくつかの謎があります。それは、7人の司教たちの行方。彼らが生き残ったとしても、彼らが元々いたメリダはスペインの内陸にあります。しかし黄金都市があると信じられているのは、アメリカ大陸。彼らがアメリカ大陸まで遥々移動したとは考え難いものです。万が一逃れたとしても、ピレネー山脈やイギリス、アイルランドあたりの方が現実的です。そのため、12世紀頃の航海術から見ても、アメリカ大陸にシボラの存在があるなんてことはないはずなのです。

しかし、スペインのメキシコ副王『アントニオ・デ・メンドーサ』は、この話を信じていました。かなり規模の大きな探検隊を作り、黄金都市を探させました。その結果、第一次遠征隊は、現在のアメリカにあるニューアリゾナ州近辺に黄金としを見つけたと報告したのです。しかし探検隊の彼らは、原住民から襲撃を受けてしまい、隊はほぼ壊滅状態。命からがら何とか逃げ帰ってきたのです。それでも黄金都市の存在を決定づける報告に、メンドーサは喜びました。1540年になると、さらに大きな遠征隊を送ります。報告にあった情報を頼りにたどり着いた先は、アリゾナ州ズニにあるプエブロ集落。しかしそこには、黄金都市なんてものは見る欠片もありませんでした。

プエブロ集落の住居はアドベ煉瓦で作られており、そのアドベ煉瓦には雲母がたくさん含まれていました。そのため、遠くから見ると太陽の光が反射して、黄金色に輝いて見えることがあります。それに加えてこの周辺には、プエブロ・インディアンの集落が7つあったのです。こういったことが誤解を招いてしまったということですね。

黄金都市は伝説で終わるのか?

話の結末を見てみると、結果彼らの勘違いということになります。エルドラド伝説よりも、あまり信ぴょう性のない伝説とも言えるでしょう。じゃあ黄金都市はどこにもないのでしょうか。実は、100%ないとも言い切れないのです。

みなさんはアステカ王国をご存知ですか?アステカ王国は、インカ帝国と同じように豊富な黄金の産出地で有名でした。つまりどこかにかなり規模の大きな金山や黄金都市があったかもしれないのです。実際に1848年には、アメリカカルフォルニア州でゴールドラッシュがありました。アメリカとメキシコの国境地帯といえば、アステカ王国の中でも有力な産金地帯とされています。

もしこの地域一帯に失われた黄金都市があったとしたら……。非常にロマンあふれる話ですよね。いろんな意味で黄金というのは、はるか昔から多くの人を魅了してきた存在と言えるでしょう。